家が紡ぐ物語 旧白洲邸 武相荘編 第1回

家が紡ぐ物語 旧白洲邸 武相荘編 第1回

棚澤明子

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武相荘を歩く(1)

※トップ画像は、写真提供:旧白洲邸武相荘

第2次世界大戦敗戦後、あのマッカーサー元帥と対等に渡り合い、日本国憲法成立に携わる中で「従順ならざる唯一の日本人」とGHQに言わしめた白洲次郎。
樺山伯爵家の次女として生まれ、骨董(こっとう)を愛し、着物を愛し、数々の書物を残した「当代随一の目利き」と言われた白洲正子。
白洲夫妻がその後半生を暮らした茅葺き屋根の家が、町田市指定史跡として東京都町田市にのこされています。
その名も「武相荘(ぶあいそう)」。

かつて鶴川村と呼ばれていたこの地域が武蔵国と相模国の境目にあったことに、家主の“無愛想”をかけたといわれるネーミングがキラリと光ります。

荒れ果てていたこの農家を買い取り、3人の子どもたちを連れて白洲夫妻が東京・水道橋から移り住んだのは戦時中であった1943年のこと。
疎開の意味合いに加えて、欧米事情に通じていた次郎が敗戦と食糧難を予想して、農業に専念できる環境を選んだことがその大きな理由だといわれています。
イギリス文化の中で青春時代を送った次郎としては、地方に住んで中央の政治に目を光らせるイギリスの“カントリージェントルマン”を地でいこうとしたのかもしれません。

二人は茅葺き屋根の下でどのように暮らしていたのでしょうか。
白洲流、白洲スタイルと、後世の人々が憧れる暮らしの真髄はどこにあるのでしょうか。
白洲夫妻の気配を感じたくて、旧白洲邸・武相荘に足を運んでみました。

春の武相荘を訪れる

「武相荘」と記された銅色のプレート

小田急線の鶴川駅から15分ほどゆっくりと歩き、鶴川街道を左に折れて緩やかな坂を上ると、明らかに周囲とは空気を異にする敷地にたどりつきます。
風景に溶け込む銅色のプレートに記された「武相荘」の文字は、第2次近衛内閣の司法大臣・風見章氏の手によるもの。
吹き抜ける風のようなその書体は、白洲夫妻のイメージにぴったりです。

受付のカウンターを過ぎたところで誰もが最初に目を奪われるのは、濃紺のアメリカ車、1916年型ペイジSix-38。
生涯車にこだわり抜き、80歳になってもポルシェを乗り回していたという次郎が、高校時代に初めて父親から買い与えられたものの同型車だそう。
故郷・神戸の街をアメリカ車でさっそうと走り抜ける17歳の次郎が一番に出迎えてくれるという仕掛け、なんとも粋ですね。

アメリカ車「ペイジSix-38」

ペイジSix-38を通り過ぎると、小ぶりで美しい長屋門が私たちを中へといざないます。

小ぶりで美しい長屋門

二人が移り住んだ頃の鶴川村は、畑の間に茅葺き屋根がぽつりぽつりと見られるような農村でした。白洲家もそのうちの一軒でしかなかったのですが、戦後少しずつ宅地が増えていく中で、隣家との境界がないのも困るものだということで門を構えることにしたのだそうです。

ちなみにこの長屋門は、適当な門を探していた白洲夫妻が、ある骨董商に紹介された芝高輪・泉岳寺近くのお屋敷で見つけて気に入り、移築する運びになったものだとか。
ずいぶん後になってから、白洲夫妻の長女である牧山桂子さんの夫の知人が「この門は昔わが家にあったものではないか?」と気付いて懐かしがったという、驚くようなエピソードも残っています。
おっと、足を踏み入れる前に、門の手前の右側に臼が置いてあるでしょう?
これは次郎自作の新聞受けです。

次郎自作の新聞受け

「しんぶん」というとぼけた文字からは、GHQ相手に奮闘する獅子のような形相ではなく、ここで気ままな老後を過ごす穏やかな笑顔が見えてくるようですね。
敷地の中では、次郎自作の日用品があちこちで使われているので、目を光らせておかなければなりません。

門をまたいだ先に広がっているのは、ある程度の年齢であれば、誰しも心のどこかに抱いている昭和の原風景とでも言いましょうか。
門の高さを軽々と超える立派な柿の木は、夏になると花を咲かせ、秋には小さな実がなります。
今回私が訪れた3月半ばには、ツバキが紅色の花をいくつも咲かせ、地面からかれんな福寿草が顔をのぞかせていました。

ツバキの花 

参考
『白洲正子“ほんもの”の生活』 白洲正子、他 新潮社
『白洲次郎・正子の娘が語る 武相荘のひとりごと』 牧山桂子 世界文化社
『白洲家の日々 娘婿が見た次郎と正子』 牧山圭男 新潮社
『次郎と正子 娘が語る素顔の白洲家』 牧山桂子 新潮社
『白洲家の晩ごはん』 牧山桂子 新潮社
『和樂ムック 白洲正子のすべて』小学館
『ゴーギャン2007年7月号 <特集・男が惚れる白洲次郎という男>』東京ニュース通信社

取材協力:旧白洲邸 武相荘

所在地:東京都町田市能ヶ谷7-3-2
開館時間:ミュージアム 10:00~17:00(入館は16:30まで)入館料1050円
※ミュージアムへの入館は中学生以上
ショップ 10:00~17:00
レストラン&カフェ 11:00~20:30(ラストオーダー)
定休日:月曜日(祝日・振替休日は営業)※夏季・冬季休業あり

公開日:2017年06月21日

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棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。

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